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インターネットKNB【立山ネット21】立山View-in校歌

立山View-in校歌
 
第4回 「朝市たてやま学校」

 
  これまで、「立山」はどのくらい歌われているか、また「立山」はどのように形容されているかを見てきました。
 10月にKNBラジオ かずいえなおき朝市ラジオの中に「朝市たてやま学校」(毎週月曜日AM10:10〜)というコーナーが新設されました。 このコーナーは、「立山」についてもっと勉強しようよ!という企画です。
 今回はこのコーナーでの情報の一部を 放送された部分も放送されなかった部分もひっくるめてご紹介します。




 まずは、「立山」に関する疑問。

◆「立山」ってどの山?(2001/10/08 放送)

 皆さんどうです? 「立山」ってどの山? 改めて聞かれると・・・さて・・・。 そこで、国土地理院 北陸地方測量部の方にお話を伺いました。

質 問 回答:国土地理院
立山は地図に書かれているの? 国土地理院 1/25000地形図に「立山」という名が入っています。
地図の地名は関係している市町村から提出される「地名調書」に基づいて表示されています。
国土地理院ではどの山を「立山」と認めているの? 地図上には「立山」と表示してありますが、1つの峰に対してではなく、「雄山(おやま)」「大汝山(おおなんじやま)」「富士の折立(ふじのおりたて)」の3つの峰の総称として「立山」としています。
主峰は? 主峰は「大汝山」で3,015mです。多くの皆さんが主峰と思われている「雄山」は3,003mです。
では「立山連峰」は? 立山町から提出の地名調書の中には「立山連峰」という表記はありません。山が他県との県境にある場合、各々が統一された呼び名でない場合は地図には載せられません。 従って、表記上に「立山連峰」というものはありません。
 実際表記上に「立山連峰」という記述は無いとはいっても、書物にも校歌にも「富山県民の歌」にも「立山連峰」として歌われています。 どこまでが「立山連峰」かという解釈も人によって様々です。この問題は皆さんの心の中にある「立山」の峰々でいいのかもしれません。
 またこの立山View−in校歌の中では、地図上の解釈にとらわれず、狭い意味でも広い意味でも「立山」という言葉を使っていきます。


◆「立山」っていつからあるの?(2001/11/05 放送)

 ん・・・。いつから?ずっと前から・・・。ずっと前って? この件は、立山カルデラ砂防博物館の方にお伺いしました。

質 問 回答:立山カルデラ砂防博物館
立山はいつからあるの? 雄山・大汝山・剣岳・大日岳・薬師岳・白馬岳等は70万年〜80万年前からプレートがぶつかり合って、1年に2〜3mmずつゆっくりゆっくり隆起してできたものです。従って100万年前には山はありませんでした。

また、弥陀が原・地獄谷は10万年〜1万年前に火山の噴火の火砕流によってできたものです。
立山は非常に若い山であり、活動中の活火山でもあります。
立山の歴史年表



 富山県下4校の小学校に伺って、校歌の中の「立山」について、また「立山」への思いや「立山」にまつわるお話などについて児童のみなさんや先生、卒業生の方々にお話をお伺いしました。ラジオで放送されなかった部分も含めてご紹介します。

富山市 新庄小学校
 
新庄小学校の位置  富山市で一番児童数の多い新庄小学校。全校生徒1035名。
 校歌は「気高く光る 立山に 今日も新たな 日はのぼり・・・」と冒頭から「立山」が歌われています。

 先生は、学校から「立山」がとてもきれいに見え、「立山」はこの学校のシンボル・宝物だと話されていました。
 また、新庄というこの土地そのものが深く「立山」と関わりがあり、その昔ここから立山に向かう道が通じていたということです。いわば立山への基点の地だったわけですね。
 文献を調べてみると、その昔新庄小学校の場所には新庄城があり、この場所は海と山の産物が行き交う交通の要所だったようです。

 学校の近くには立山権現社の前立社として立山参詣者が必ず参拝していたという新川神社や、薬種商の金岡家などがあり、昔から「立山信仰」に深く結びつく土地柄だということがわかります。

「立山っていうと?」の問いかけに児童からは、「すごくきれい」「富山のシンボル」「小学校からよく見えるよ」と答えてくれています。
新庄小学校
新庄小学校
 
氷見市 朝日丘小学校
 
朝日丘小学校の位置  氷見の市街地にある朝日丘小学校。海のすぐそばではないが海までは1kmぐらいの距離。
 校歌は「はるか立山 仰ぐ庭・・・」とこの学校も冒頭から「立山」が歌われています。

 さすが全国的にも有名な海越しに「立山」が見える町氷見。この町の人にとっては、「立山」は海とペア。
立山と海
 「立山ってどっちに見える?」と児童たちに質問すると「海の方向」「海のむこうに見える山」と答えが返ってきます。
 海があって「立山」があるのです。でも、これって本当にめずらしい事ですよね。

 またOBの方は、私たちの子供のころからみると、町並みなどはビルが立ち並び年々様変わりしています。
 でも、氷見から見える海越しの「立山」は今も昔も変わらずいっしょですよと話して下さいました。
立山への思いを語るOBの水谷さん
立山への思いを語る
OBの水谷さん
 校長先生は、「父の愛は山(立山)より高し、母の愛は海(富山湾)より深し」として、父=立山=きびしさ 母=富山湾=やさしさなど自然のめぐみに感謝し、教育的意味合いを込めて立山への思いを指導していると話されていました。

 氷見の方にとっては海と「立山」は切り離せない関係。海と「立山」の両方の良さを一番身近に感じているようです。近くに見える「二上山は?」という問いかけには、「ちょっと近くにありすぎる山かな」ということでした。

立山と海についてお話を伺った須古校長
立山と海についてお話
を伺った須古校長
 また、児童達の間では「学校の帰り道、立山を見ると明日の天気がわかる」と言われているそうです。「立山がきれいに見えた翌日は雨が降る、海がしける」という言い伝えは昔から漁師の方たちの中でも言い伝えられているものだそうです。
 
小矢部市 岩尾滝小学校
 
岩尾滝小学校の位置  富山県の一番西側にある小矢部市の岩尾滝小学校。全校生徒はなんと23名。
 校歌は「雲にそびゆる 立山の・・・」と2番に歌われています。

 石川県との県境に近い山間部の高台にある学校。校舎はメルヘンの町小矢部ということで、札幌の時計台を模して造られています。
岩尾滝小学校
 この校舎ができたのは昭和61年。
 先生のお話によると、元の校舎は山の麓にあったのですが、地元住民の要望により、「立山」の見える高台に学校が移設されたということです。  これは並々ならぬ「立山」への思いの現われですよね。

立山と小学校についてお話を伺った唐島先生
立山と小学校について
お話を伺った唐島先生
 また更にOBの方は「学校移設時の苦労話として、
 「立山」を仰ぎ広く大らかな人間に育つようにと、立山が一番美しく見える部屋をランチルームにしてもらいました。またこの部屋で、もちつきもできるように床は頑丈に作ってもらい、この場所がこの地区の文化の中心になればと考えました。」と熱く語ってくださいました。
小学校移設時のお話を伺ったOB大野さん
小学校移設時のお話
を伺ったOB大野さん

 学年別の各教室ではなく、全児童たちが毎日一緒に食事をとるランチルームをターゲツトに雄大な「立山」を眺めながら人間形成をということのようです。
 これって全校生徒23名の小さな学校だからこそ可能なことですよね。

 でもこの話には実はオチがあって、実際に今は移設当時に植えた杉の木が大きくなってランチルームの窓の視界を遮ってしまい、木の間から少ししか「立山」が見えませんでした。杉の木はいずれ切ってもらうようにお願いするとのことでしたが・・・。

 右の写真はこの小学校から見える「立山」です。近くの山々の向こうに立山が見えます。
 生徒たちに「立山って知ってる?」と尋ねると「遠くにある山」「連なっている山」と答えが返ってきました。まさしく立山からは一番遠いであろう小学校の「立山」の見え方なのです。

 この地区では一年に何回か白馬岳から薬師岳まで見渡せるみごとな景色の日があるということです。富山県の一番西、山間部の高台にある学校ならではの景観で、この景観こそが「立山」への思いを募らせているのでしょう。
岩尾滝小学校からの立山
 
 
朝日町 五箇庄小学校
 
五箇庄小学校の位置  富山県の一番東側にある、いまではめずらしい木造校舎の五箇庄小学校。
 校歌は「山は白馬 天かけり・・・」と校歌の中に「立山」という言葉は出てきません。

 どこまでを「立山」と捉えるのかという問題になるのですが、立山View−in校歌[第2回 校歌の中に「立山」はどのくらい歌われているか]では立山連峰やその連峰にある山も「立山」として集計しています。 従って校歌に歌われている「白馬岳」も連邦の一部として五箇庄小学校は「立山」が歌われている学校に含めました。

 その第2回の中「新川エリア」の所で、立山連峰を単に「立山」として見るのではなく、個々の山(朝日岳・白馬岳・僧ケ岳等)としてと捉えているようだと取り上げていましたが、 実際に取材をしてみるとやはりその通り。

 「立山は見えますか?」という問いには「見えない」という答えが多くあり、「立山」は「雄山」や「剣岳」など「遠い位置にある山」という考えのようです。 そして、実際この小学校からは「雄山」や「剣岳」は見えません。

 またおもしろいことに、「立山連峰はどこまでですか?」という問いには「黒部川」までが立山連峰であり、従って「黒部川」より北側にあたる白馬岳や朝日岳は立山連峰には含まれないという答えと、いや白馬岳や朝日岳まで含まれるという答えに二分されていました。
 これは、お話をお伺いした学校の先生方の間でも、さらに町の方々の間でも同じように答えが二つに分かれていました。

 どこまでが立山か? 立山連峰か?という問題は「朝市たてやま学校」でも国土地理院の方に地図上の解釈のお話は伺ったのですが、皆さんの思いは様々です。
 朝日町の方にとって「立山」とは連峰としてとらえるのではなく「雄山」や「剣岳」などのことで、「白馬岳」やその横の「朝日岳」は親しみのある地元の山と捉えているようです。 そのため校歌に歌われている「白馬岳」は「立山連峰」とは別に、身近な山として親しまれ、歌われているのです。

 

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