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インターネットKNB【立山ネット21】立山View-in校歌

立山View-in校歌
 
第5回 小学校紹介

 
 今回は前回に続き「朝市たてやま学校」で、「立山」と県下小学校校歌の関連について取材した情報を ラジオで放送されなかった部分も含めより詳しくご紹介します。
 
立山町 立山芦峅小学校
 
立山芦峅小学校の位置   立山の麓 立山芦峅小学校。校名にも「立山」が使われています。
  校歌は「立山の山ふところにいだかれて・・・」やはり期待通り冒頭から歌われています。

全校生徒17人。
名字は全員が「佐伯さん」か「志鷹さん」。従って名札には名前が大きく表示され、名字は右下隅に小さく書かれています。

校歌を歌う児童たち
校歌を歌う児童たち
  「立山はどっちに見える?」の質問に児童からは「ランチルームから見えるよ」という答えがありました。この学校もランチルームを一番見晴らしのいい場所にという、以前に紹介した小矢部市の岩尾滝小学校と同じ趣旨で建てられているようです。

  更に、立山の麓にありながら、もっとよく「立山」を見るための展望塔が校舎の別棟にありました。
「立山」を望む展望塔
「立山」を望む展望塔
  「立山ってどんな山?」の質問に、児童からは「雄山から見た万年雪がきれい」「空の上にいるみたい。泳いでいるみたい。」「秋に紅葉しているときはとてもきれい」 「人をひきつける力を感じるから神の力が加わった山だと思う」などという答えが返ってきました。
 さすが立山信仰の町。他の小学校では聞けなかったひと味違う答えです。

  もっと違いがあるのは、児童たちの多くの家が何らかの形で「立山」にかかわりのある仕事についていること。「立山」が密接に生活に結びついているということです。
「立山は神の山」と語る志鷹かずなさん
「立山は神の山」と語る
志鷹かずなさん
  「おばあちゃんが立山でレストランをしています。」「おじいちゃんがケーブルカーの運転手です。」「トンネルのバスの運転手です。」「両親が山荘を経営しています。」「パパは立山の道を教えるガイトです。」「おばあちゃんがヒュッテの管理人です。」等々。

 そして、このような「立山」とのかかわりを「かっこいいと思う」「すごいなぁーと思う」と話してくれました。
「おばあちゃんは千人池ヒュッテの管理人」と語る志鷹けんぞうくん 「パパはガイド」と語る佐伯ありなさん
「おばあちゃんは千人池ヒュッテの管理人」と語る志鷹けんぞうくん 「パパはガイド」と語る
佐伯ありなさん
 両親が五色が原山荘を経営しているたくやくんは、「シーズン中は両親と離れて暮らし、夏休みは自分が山荘に行って両親と過ごす」と話してくれました。

 また、おばあちゃんが千人池ヒュッテの管理人をしているけんぞうくんは、「おばあちゃんは登山の人を泊める宿の仕事をしている。ヒュッテまではヘリコプターで行き、1年の1/3は山で過ごす。」と話し、 そんなおばあちゃんを「偉いなぁと思う」と答えてくれました。跡を継ぎたい?の問いには 「あまり思わない。山の中で何も無いし、大変そうだから・・・」と現代っ子らしい答えが返ってきました。

 「立山」の麓ならではです。でも麓だからこそ、その良さがもしかしたらあたりまえなのかもしれません。
 教頭先生は「この小学校は立山の麓にあり、立山を朝・夕に仰ぎ、夢や希望を感じる。子供たちは、歌いやすい歌で元気よく声が出せるこの校歌が大好き」と話して下さいました。

 また、「すばらしい自然の中にいるけれど、子供たちはそのすばらしさに気付かずにいるのでは?ふるさとを大事にしていく気持ち、家族が立山で働くことを誇りに思うということに気付かせていくような教育をしていきたい。」とおっしゃっていました。
「ふるさとを大事に」と語る石原教頭先生
「ふるさとを大事に」と語る
石原教頭先生
 
八尾町 八尾小学校
 
八尾小学校の位置  周囲を山に囲まれた八尾町の中心部にある八尾小学校。
 この学校から「立山」は見える? 残念ながら近くの山の陰になって見えません。
 でも校歌には「空にそびゆる立山の 雄々しき姿仰ぎつつ・・・」と冒頭から「立山」が歌われています。

 はて?見えないのに なぜ?
 校長先生から、学校からは立山が見えないのにもかかわらず冒頭から歌われている理由として、
 「立山は富山を代表する山。学校からは見えないけれど高く聳えている山から県民をやさしく包んで暖かく見守ってくれているという思いが強かったのだと思う。
 校歌には八尾小学校の教育方針である[強いからだとやさしい心]が盛り込まれ、強いからだの象徴として立山を やさしい心の象徴として井田川が歌われている。 子供たちは校歌を愛し、行事のたびに元気よく歌っています。
 また、PTAの方も学校行事の時や集まりの最後に必ず手をつなぎながら歌われます。これは伝統を大切にしている八尾の地域性だと思いますよ。」と話して下さいました。
「よく校歌が歌われる」と語る大岩校長先生
「よく校歌が歌われる」と語る
大岩校長先生
 PTA会長の武内さんは、「学校の行事はもちろんPTA行事の後のお酒が入った宴席でも校歌を歌って締めますよ。 卒業生はもちろんのこと、他地区からお嫁に来られた方でも詩がいいのですぐに覚えてしまわれます。行事の後に校歌を歌うのは伝統です。」とおっしゃっていました。

 覚えやすい詩や曲のメロディーが軽快なせいもあるのでしょうがもう一つ秘密がありました。 それは最後に何回も繰り返し歌われる「龍蟠(りゅうばん)」という語句。

 この地方に伝わる龍伝説で、山火事を井田川から現れた龍が水をかけて消し、村を救ってくれたお話。その龍が学校の前の山に今も眠っていると伝えられています。
 龍蟠(りゅうばん)とは龍がとぐろをまいて今にもまさに天に昇ろうとしている状態のことを言い、龍が天に昇るごとく子供たちが育つようにという思いが込められているとのこと。

龍が眠る「龍蟠山」(りゅうばんやま)
龍が眠る
「龍蟠山」(りゅうばんやま)
 実はこの八尾小学校の俗名が「龍蟠小学校」。明治時代には実際に「龍蟠小学校」と呼ばれていた時期がありました。龍が眠ると言われる城が山(地図表記)は「龍蟠山」、前述のPTA会は「龍蟠会」と言われています。 校内を見渡すと「龍の子ホール」に「龍の子ロード」、学校の校章も「龍」でした。

 児童の皆さんに「立山」と「龍蟠山」を比べると?の質問には「富山県で考えるとすごいのは「立山」。「龍蟠山は登ったり、勉強したり、ごはんを食べたりする身近な山」と返ってきました。
 八尾の皆さんはこの龍蟠をとても大切に思っていて、富山の象徴である「立山」はもちろん、「龍蟠山」も八尾の象徴として深く心にあるようです。
校歌を歌う6年松組のみなさん
校歌を歌う
6年松組のみなさん
 


富山市 大田小学校
 
太田小学校の位置  「立山」が校歌のすべてに、しかも冒頭に歌われている小学校。
 県下234校中、「立山」がパーフェクトに歌われているのは唯一この太田小学校だけです。

 学校のまわりの環境は、田んぼがひろがり広い範囲で立山が見渡せます。
 校歌は、2番まであるうちの1番「立山近い 緑田の・・・」、2番「立山仰ぐ みのり田の・・・」とすべて「立山」から始まっています。
太田小学校から見える立山
 1番は「緑田」で春を歌い、2番は「みのり田」で秋を歌っています。
春にも秋にも広がる田んぼの向こうに美しい立山が見渡せます。
 近くには常願寺川が流れているのですが、氾濫の歴史があり「戦いの川」だから校歌の中には歌い込まれなかったのではと教頭先生は話しておられました。
 児童のみなさんは、
「きれいに立山が見える日は、授業中でもおもわず立山に見とれてしまう」「太田小学校から見える立山は自慢です。」と教えてくれました。
 
校歌を歌う<BR>3年生のみなさん
校歌を歌う
3年生のみなさん
 見とれてしまうほど、それだけすごくきれいに見えるってことですよね。  さらに、立山ってどんな山?と聞いてみると
 「立山は登下校中にも見えるので、あいさつをしてくれるようでうれしい。」
 「立山を見ていると、忘れていたことを思い出したり、いろんなアイデアが浮かんでくる」
 「立山を見ていると、やる気がわいて、心が落ち着いておだやかになる。教室から見える立山が好き」と答えてくれました。
 みんな「立山」からいろいろなパワーを貰っているようです。
立山への思いを語る<BR>5年1組のみなさん
立山への思いを語る
5年1組のみなさん
 また、校歌に歌われる立山への思いについて、音楽の松住先生は、
 「これだけ間近に美しい大きな立山連峰を見ることが出来るすばらしい環境にあるからではないでしょうか。 子供たちの立山への思いとしては、普段は見慣れていてあまり思わないのでしょうが、すごく天気のいい晴れた日は皆んなで窓から「わぁー、山がきれいだね」という子供たちもいます。 立山は身近にあるけれどいつも心のささえじゃないでしょうか。」と話して下さいました。
校歌について語る<BR>音楽の松住先生
校歌について語る
音楽の松住先生
 太田小学校後援会会長の室田さんに太田地区と「立山」との歴史的つながりについてお伺いしました。
 「太田地区は立山信仰の修験者の出発点であり、拠点でもあった。戦国武将の佐々成政の軍勢が立山越えをする時にもここに要所があったりと、立山とのかかわりがとても深い所。 今でも大和デパートの裏通りの「太田口通り」という呼び名に、この太田地区を立山信仰の出発点とし、太田の入り口とするという名前の由来が残っている。」と話して下さいました。
 また室田さんにとっての「立山」は?の質問には「太田地区は富山市で立山に一番近いところにあり、事あるごとに立山を眺める。 立山があって当たり前。立山は神の山。その神の山を守るようにして剱岳が聳えている。剱岳は武将に喩えると鎧を着ている山。」とおっしゃっていました。
太田地区と立山について語る<BR>後援会会長の室田さん
太田地区と立山について語る
後援会会長の室田さん
 この地区の皆さんは、本当によく立山を見ているということを感じました。もちろん立山を間近で見ることができる良い環境にあることは間違い無いのですが、 この地区から見える立山を誇りに思い、自慢に思っている皆さんの立山への思いがお話の中から伝わってきました。


富山市 光陽小学校
 
光陽小学校の位置  富山市で49番目の小学校として23年ぶりに新設された光陽小学校。
 開校は平成14年4月。
 西田地方、堀川、蜷川の3つの小学校の通学区域を一部分離して「光陽小学校」として設立されました。
 はたして、新しい校歌に「立山」は歌われているのでしょうか?
 そこで、4月6日に行われた開校式を取材してきました。
新設の光陽小学校
 「生まれたときから そこに 父さんのような 山がある 強く 雄々しくと 立山連峰が 見守っている ・・・」

 やっぱり光陽小学校の校歌の中にも「立山」は歌われていました。

 作詩者は東京在住の宮田滋子さん。童謡や合唱曲の作詞家として活躍中。宮田さんは作曲者の岩河三郎さんの仕事上のペアで、岩河さんよりの紹介ということなので、残念ながら富山県とのゆかりはありません。
 作曲者の岩河三郎さんは、富山市出身。合唱曲等を作る作曲家として活躍中。「市政100年 富山市の歌」も岩川さんの作曲です。
 
 校歌は新しいスタイルで1番のみの通作形式。曲風は清らかでさわやかな感じ。
 ’いっしょに生きる幸せを’というサブタイトルがついています。
 いままでの富山県下の小学校校歌とは全く趣が異なり、たとえると、合唱コンクール曲のようです。
 それでも「立山」はしっかりと歌われていました。 また、「立山」の他に「神通川」も歌われていて、郷土の山河はやはり校歌の定番ということでしょうか。 そごて、作詞者の思いをお聞きしました。
開校式で校歌を歌う<BR>児童のみなさん
開校式で校歌を歌う
児童のみなさん
 宮田さんは校歌の作詩に当たって、また「立山」を歌い込んだ理由として、
 「全国的に知られた雄大な立山連峰は富山のシンボルであり、人々の誇り、あるいは慰めであると思います。 美しい自然に恵まれたふるさと、そこに生きて学ぶ幸せを児童の皆さんが、明るく胸を張って歌ってほしいとの願いを詩に込めました。
 また、校歌は永く歌い継がれるもの。いつもそこにあり、永久にありつづける立山の存在とともに学校を愛する歌として、ふるさとを賛える歌として、自分たちの心の歌として、 いつも歌い、いつまでも歌いつづけられますように。」 とおっしゃっています。
 宮田さんは、何度かの来県の折りに、屏風のように聳え立っている立山を見ましたと語っておられました。また、富山市のほとんどの小学校には、立山が歌われているということもご存知でした。
開校式に参列される<BR>作詞者宮田滋子さん(中央)
開校式に参列される
作詞者宮田滋子さん(中央)
 また、PTA会長の鋪田さんは「21世紀の新しい学校にふさわしい校歌だと思います。立山は心の中にいつもあり、郷土のほこりです。」と校歌について話して下さいました。

 児童たちは、「長くて覚えるのが大変だと思ったけど、練習したらうまく歌えた。」「歌謡曲っぽくて、いい曲です。」
 また、「立山」が校歌に入っていることについて、「富山県だから校歌の最初にあって当たり前」という答えが返ってきました。  
校歌について語る<BR>児童の皆さん
校歌について語る
児童の皆さん
 新しい校歌の誕生。今までの伝統的な校歌とはひと味もふた味も違う、新しい時代の流れを取り入れた校歌。時代は移り変わり、校歌の歌詞や曲風に変化があっても、やはり「富山の象徴 立山」は歌われていました。





 校歌の制定は、大正から昭和前半に制定されたものが多く、なかなか作詞者にお話を伺うことができませんでしたが、今回 「立山」が永遠なもの・不変なものの象徴として歌い込まれ、さらに学校を永遠に愛し、ふるさとを賛えることの象徴として位置づけられているというお話を伺えたことは、とても貴重な機会でした。

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